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会社OB会(同窓会)に寄せる複雑な思い
高齢化で年々減っていく参加者
もうすぐ、以前所属していたアパレル会社の同窓会が開かれることになっています。
これまでは、定年退職したOBだけで行われていた集まりでした。コロナ禍はさすがに開催が見送られてましたが、昨年に再開となりました。
しかし、メンバーの高齢化(最高齢:90歳!)もあって参加者は年々減ってきていました。
幹事さんも若返りを図り70代後半から60代前半にバトンタッチして参加者の拡大を図ることに。
そこで、今回は参加対象をOBから広げて、当時の若手や契約社員まで参加対象を広げて賑やかな会を復活させようと考えました。
当時と書いたのには理由があって、すでに会社は20年くらい前に業績不振で解散・終息となり、当時の社員はそれぞれ別の部署に転勤、契約社員(デザイナーなど)は退社して別の道を歩んでいます。
今回、幹事はLINEグループを作って当時の若手・中堅(男女)従業員と契約社員(デザイナーなど)など連絡が取れる方に範囲を広げてを招待し、参加の可否を確認することにしました。
OB連中は「当時の若手や女性メンバー(現在は40~50代が中心かな)も懐かしさから参加してくれるんじゃないか?」なんて、少し期待していたようです。
思惑外れ
しかし、蓋を開けてみると参加希望者には新しい顔ぶれは一切なし。
結局、いつもの爺さん連中だけが集まる、ある意味いつも通りの風景になりそう。
概ねの反応はというと、若手や中堅社員たちは、ただLINEで「不参加」と伝えるだけ。メッセージもないまま、静かにフェードアウトしていく感じです。
さらに驚いたのは、招待された中にはライングループに誘われたこと自体が迷惑だったのか、早々に無言?でグループを退会してしまった人も複数いました。
忙しいのか・・・それとも思い出したくない記憶なのか・・・どちらにしても、親父と爺さんたちの集まりには興味はなかったようです。
時代は変わっている
でも、これって実は当然のことかもしれません。
だって、みんな今の生活があるんですよね。
今さら、あまり覚えてもいないOB連中にわざわざ高い会費を払って会いに行く義理なんて、誰にもない。
新しい繋がりや今の自分の生活があってこその人生だし、過去の思い出を引っ張り出すのは正直、時代遅れなんじゃないかと思っても全然不思議じゃない。
私自身は、同窓会に対して強い違和感を持っているわけではありません。
かといって、わくわく楽しみにしているかと言われれば、そんなこともありません。
どちらかといえば、参加しても特に大きな感情の高揚感はないというか、過去の繋がりに対してそこまでの熱量を感じていないというのが正直なところです。
過去の思い出と現在の自分
現役時代のことを振り返ると、正直、良い思い出ばかりではありませんでした。参加するOBの中には、当時嫌な印象を抱いていた人も少なからずいます。
ただ、時間は人を変えるものだとも思います。
実際、彼らも年齢を重ねて当時のギラギラした部分は影を潜め、今では単なる良い爺さんといった風に見えます。
昔のこだわりが自分の中からも消え去り、少し距離を置いて過去を振り返ると、思ったよりもあの時の嫌な感情が薄れていることに気付きました。
人間の記憶は、美化されていくものかもしれません。
それぞれの価値観
とはいえ、たかが1日だけの同窓会といっても、その捉え方は人それぞれです。
ある人にとっては、懐かしい仲間と過ごす貴重な時間かもしれませんが、別の人にとっては、単なるお金と時間の無駄と感じるかもしれません。
それは、もう仕方のないことだと思います。
私自身、今のところ積極的に参加する理由も見つからず、無理に楽しもうとも思いませんが、それでも何となく「行ってみようかな」という気持ちもどこかにあります。
もしかすると、同窓会に参加してみたら思わぬ発見があるかもしれません。昔の話に花が咲くことで、忘れていた記憶がよみがえり、意外な懐かしさを感じることもあるでしょう。
けれども、そうならない可能性だって十分にあります。実際、再会してもあまり話が弾まなかったり、過去のイメージが再び浮上してきてしまうこともあるかもしれません。
結局どうするのがベスト?
今回は参加希望で返信しました。
正直、昔の同僚や上司の今の私生活にあまり興味はないし、自分自身裕福とは程遠い生活ですが、それなりに充実しているし、過去を振り返ることにあまり重きを置いていないのも事実です。
それに中には元役員だった連中もいるので、本人は深い意味はないのでしょうが「株や財テクで●●百万儲けた」とか「今も名ばかり取締役で週一出勤、机に座ってるだけで結構な金になる」とか「家族で毎年海外に言ってるんだよ」・・・みたいな自慢話を聞かされるのもなんだかなあ。。。って思いますし。
それでも、何かしら心の片隅に「昔の仲間たちと会ってみたい」という気持ちが少しでもあるのなら、それを大事にしてみても良いのかもしれないと思っています。
時間が経つと、人の考えや感情は変わるものです。
昔抱いていたこだわりや葛藤も、今では小さなものに感じられることもあります。
同窓会という一日の集まりが、そんな気持ちの変化を実感する場になるかもしれません。
もしかすると、それが今回の同窓会の価値なのかもしれないですね。
人間って面倒くさい生き物
こうやって考えると、人間って本当に面倒くさい生き物だなとつくづく思います。
同窓会に参加するのは義務感から。会いたくないけど、行かないと気まずい気がするから行く。
昔の仲間だからと言っても、今の自分にとってはそこまで深い関係でもない。だけど、それを断ち切れない自分もいて、結局毎回参加するという悪循環です。
これからどうなるんでしょうね、この同窓会。
今回の事で新たに招待したほとんどの人(・・・ていうか全員)が参加しないのは、ある意味で当然の結果だし、これが時代の流れだと思います。
私自身、これがなくなっても特に何の不便もないし、何も変わらないと思う。
でも、一方で同窓会が完全に消えてしまうのも少し寂しいような気もする。
結局、昔の仲間との繋がりは何だかんだで大事なものなのかもしれません。
何が言いたいのか・・・良く分かりませんでした💦。
そんな複雑な気持ちを抱えつつ、また来年も同窓会に参加するんでしょうね、しがらみに引きずられて…。
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